開催10回に寄せて選考委員長インタビュー・守島基博氏

選考委員長インタビュー

組織・人事の枠を超えた企業変革が求められる時代へ
「HRアワード」が可視化するHR領域の変遷

守島 基博氏(学習院大学 経済学部経営学科 教授 / 一橋大学 名誉教授)

2012年にスタートした日本の人事部「HRアワード」は、過去9回の開催で400以上の人事の取り組みや書籍、ソリューションを表彰してきました。受賞した取り組みは、10年に及ぶHR領域の変遷、発展を映し出すものとなっています。「HRアワード」という表彰制度がHR業界にどのような影響を与えたのか、選考委員長を務める守島基博氏に振り返っていただきました。

プロフィール●(もりしま・もとひろ)人材論・人材マネジメント論専攻。1980年慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会研究科社会学専攻修士課程修了。86年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・人的資源論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授、98年同大大学院経営管理研究科助教授・教授、2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年4月より現職。20年より一橋大学名誉教授。主な著書に『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』『21世紀の“戦略型”人事部』『人事と法の対話』などがある。

HR領域に光を当てた総合的な表彰制度

守島先生は、2015年の第4回から「HRアワード」選考委員長を務めていらっしゃいます。「HRアワード」の率直な印象をお聞かせください。

「HRアワード」は、企業内でそれほど脚光を浴びる機会がなかったHR部門に光を当てた表彰制度であり、まずそこに大きな意味があると思います。HRでこんなすばらしい取り組みがある、HRでこんなことができるんだ、ということを社会に向けて広く発信してきました。

その特長は、テーマを限定しない総合的なアワードであること。HR領域別の表彰制度は、いろいろとありますが、働き方改革やキャリア、女性活躍などテーマを限定したものが多く、「HRアワード」ほどさまざまな視点から人事領域のトピックを取り上げているものはありません。テーマを絞り込みすぎないことで、HRの多様な動きや創造的取り組みが注目されるきっかけとなっています。また、「HRアワード」のエントリーには、それが経営にどう生きるか、経営に役立つためにHRで何ができるか、という視点で考えられた取り組みが多いのも特長だと思います。

投票で可視化される企業内・人事領域内に留まらない課題解決への関心

ここからは各部門の入賞事例を振り返りながら、この10年間のHRの傾向や課題についてうかがえればと思います。まず、企業人事部門についてお聞かせください。

2010年代は「働き方改革」が多くの企業にとって重要なテーマでした。この流れは直近では、カゴメ株式会社の「生き方改革」のように、「働き方改革が企業の競争力と働く人の幸せにどうつながるのか」という側面が強調されるようになっています。働き方改革によって良い職場ができれば、優秀な人材の確保につながり、それによって企業が繁栄する。より戦略人事的なトーンが強くなっています。

「企業横断的な取り組み」も重要なトレンドです。「ONE JAPAN」や「輝く女性の活躍を加速する地銀頭取の会」などが象徴的ですが、個社のHRを超えて、一種の社会運動や社会貢献に近いものになっています。自社だけが強くなるのではなく、活動を通して社会全体を良くしていくべきだという方向に意識が変わってきているのでしょう。

このような取り組みの主体が、企業の垣根を超えたものになっている点が重要です。1社でできることには限界がありますが、社会全体でどんな人材マネジメントが必要なのかという視点で取り組めば、選択肢や可能性、影響が広がります。本来、企業活動とは社会の中にあるものです。こうした動きが注目されるようになってきたのも、自然なことではないかと思います。

企業人事部門には個人の部もあります。

近年、CHROの役割が、いわゆる戦略人事にとどまらず、「企業変革」「企業の意識改革」を目指すものになってきています。受賞者は、どなたもそれを体現されています。これは、企業の経営課題を解決する方法として、採用を変える、教育の仕組みを変えるといった従来の人事のやり方では限界があり、組織自体の変革によって対処すべき時代になったことを示しています。HRパーソンの「課題感」もその方向へと変わってきているということでしょう。これからは、組織開発なども含めた広義の手段や方法を一種のツールとして使っていく感覚がより一般的になると思います。

書籍部門では、『嫌われる勇気』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』など、直接人事のカテゴリに入らないような書籍も入賞しています。

HRパーソンがどんなことに関心を持っているのかがはっきり表れる部門です。女性活躍、コミュニケーション、1on1など、その時期のトレンドを反映した書籍が選ばれています。最近ではやはり「組織」に関する書籍が多い。人事課題に効果的に対処するには、組織への働きかけが重要だということが広く認識されるようになってきたのだと思います。

組織を変える、企業を変えるといった大きなテーマに向き合うには、従来の人事の道具や概念だけでは難しい。そのことに多くの方が気づき、多様なジャンルの書籍が選ばれているのだと思います。「勇気」や「美意識」もこれからの人事のテーマなのだと私は思います。人事の本だけではなく、広く「人と組織」「人と社会」に関心を持ち、知識を得ることが求められているということでしょう。

プロフェッショナル部門はいかがでしょうか。

この分野ではHRテクノロジーの躍進が著しいですが、近年特に目立っているのが範囲を絞り込んでサービスを提供するベンチャー企業の存在です。以前は「人事コンサルティング」のように1社の人事全体をサポートする業態だったのですが、今は、自律的学習はこの企業、ヘッドハンティングはこの企業……といった具合に、各分野に特化してきめ細かく丁寧なサービスを提供する傾向があり、アワードの受賞企業にもそれが表れています。

便利になった半面、利用企業はたくさんあるサービスの中から一つを選んで導入する必要があります。「HRアワード」ではユーザーが利用してみて使いやすかった、効果があったと考えるサービスが受賞しているので、これが一種のスクリーニング、レコメンドになっている側面もあると思います。

HRパーソンの関心を可視化し、コミュニティーに還元する

「HRアワード」はHR領域の発展や課題解決にどんな影響を与えてきたとお考えでしょうか。

第1回から投票によって受賞者を決定し、HRパーソンの関心を可視化してきたことが極めて強い点です。誰か偉い人が選ぶのではなく、自分たちが選ぶ。その結果、自分たちの問題意識が如実に出ます。

もう一つは、「HRアワード」からさまざまな人事の学びの機会が生まれ、「プロフェッショナルな人事のコミュニティー」が育つきっかけとなっていること。かつての人事は個人情報の問題もあって他社との情報交換も少ない閉じた世界でしたが、今ではオープンになってきています。「HRアワード」、また「HRカンファレンス」が果たしてきた役割は大きいのではないでしょうか。

今後の「HRアワード」にはどのようなことを期待されますか。

先にも述べたように「HRアワード」は、人事や人材マネジメントに関心のある人たちの感覚を反映できるアワードです。良い意味でトレンドがわかる。その結果を、「人事コミュニティー」にもっと広くフィードバックする仕組みがあるといいかもしれませんね。

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